ディスカリキュア(算数障害)とは?
はじめに
子どものころ、あるいは、学生の時代、算数や数学が苦手だったという方も多いのではないでしょうか?しかしディスカリキュアは、いわゆる苦手というものとは性質の異なるものです。算数障害とも呼ばれ、発達障害のうちの学習障害に位置づけられています。発達障害が注目を集めるようになる中で、その存在が社会でも少しずつ知られるようになってきてはいますが、その理解が深まっているとは言えないのではないでしょうか。
ここでは、ディスカリキュアとはどのようなものなのかについて、そもそも、算数・数学で必要となる資質・能力にも触れながら、その主な症状や特徴、診断方法、支援にあたっての具体的な方法などについてまとめています。
1. ディスカリキュア(算数障害)とは?
2. ディスカリキュア(算数障害)の主な症状
3. もしかしたらディスカリキュア(算数障害)? と思ったら
4. ディスカリキュア(算数障害)はどのように診断されるか?
5. ディスカリキュア(算数障害)と診断されたら
最後に
1. ディスカリキュア(算数障害)とは?
「図-ディスカリキュア(算数障害)とは?」
ディスカリキュアとは、知能面での遅れがないのに、また、十分な教育とご本人による努力がされているのに、知的能力から期待される算数・数学の能力を獲得することに困難がある状態のことを言います。
学習上の困難を伴うことになることから、「学習障害」に位置づけられますが、日本では、「算数障害」などと呼ばれたりしています。「生まれたときからあるもの」、つまり、先天的な障害です。
精神障害の診断で国際的に用いられるものに、米国精神医学会が発行する「精神障害の診断と統計マニュアル」(=DSM)がありますが、この最新版であるDSM-5においては、読字障害を意味する「ディスレクシア」や書字障害などを意味する「ディスグラフィア」などと合わせて、「限局性学習症/限局性学習障害」とされており、このうち「数の感覚、数学的事実の記憶、計算の正確さまたは流暢性、数学的数理の正確さといった算数・数学面での障害を伴う」ものとされています。
また、日本の行政施策上用いられることの多いWHOの診断基準であるICD-10においては、「計算障害」や「発達性計算障害」などにあたると考えられます。
ディスカリキュアの方が日本でどのくらいいらっしゃるかというディスカリキュアに絞ったデータはありません。日本の調査データで最も近いものでは、文科省が2012年に実施した大規模調査がありますが、この結果によると、ディスカリキュアを含む「知的発達に遅れはないものの学習面で著しい困難を示す方の割合」、つまり、学習障害のある方の割合で4.5%とされています。
【関連記事】
発達障害の1つ、学習障害とは?
https://jlsa-net.jp/hattatsu/gakusyu-syogai/
参考:
厚労省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
学習障害
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html
文科省ホームページ
通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf
2. ディスカリキュア(算数障害)の主な症状
「図-算数・数学の学習過程のイメージ」
算数・数学と言うと、ただ数値を扱うもののように感じられる方も多いかもしれませんが、世界で広く使われる言語であるというとらえ方ができたり、その思考法が大切というとらえ方ができたりもします。文科省は、算数・数学の学習過程の全体像を上の図のように示しています。
この図から、基本的な知識と計算などの技能を身につけ、それをどこでどのように使うかという思考力や論理力を養うことを通じて社会生活で応用していくことが、算数・数学教育のおおまかな目的であるととらえることができます。能力を獲得していく過程で、数という概念や計算をはじめとする多くの領域を扱い、図、数、式、表、グラフ、文字などでの表現方法を学んでいくことになります。
「図-ディスカリキュアの原因と症状」
上記のように、幅広い学習領域を少なくとも小学校入学時から高校卒業までは途切れることなく学ぶ教科である算数・数学ですが、ディスカリキュアは、「基本的な算数能力の習得において」顕著に見られると考えられています。
国際的な診断基準のICD-10では、ディスカリキュアは「ただ単に一般的な知的障害あるいは非常に不適切な学校教育だけでは説明できないような算数能力の特異的障害である。
この障害は、代数学、三角法、幾何学または微積分学のようなより抽象的な数学的能力よりは、むしろ加減乗除のような基本的な計算能力の習得に現れる」と述べられています。実際にディスカリキュアが見られる領域と、その症状には次のようなものが考えられます。
数処理とは、数を数として識別して読み取り、それを認識して書くというような処理のことです。たとえば数字の読み書きをしたり、数の大小を比較したりといった数を扱うことがあげられます。この領域の学習では、数の大小がわからないといったような症状が見られる場合があります。
数概念とは、数の一般的な性質のことです。数概念の基本となるものに「1、2、3・・・」という自然数がありますが、これには「2は1より1大きく、2は3より1大きい」という順序をあらわす性質があることがわかります。
また、数には普段の生活で主に使われる10進法やコンピュータの世界で扱われる2進法というものがあったり、小数のように自然数とは異なるものがあったりするなど、ある特定の範囲での扱い方や表現の仕方を決めるような性質があります。
この領域の学習では、四捨五入ができない、10進法を用いる物の数の数え方と時計などの時間の数え方との違いがわからないといった症状が見られる場合があると考えられます。
加減乗除の四則演算のことですが、大きくは頭の中だけで行う暗算と、紙の上などにその過程を書きながら行う筆算とに分けて考えることができます。買い物をするときにも用いる簡単な計算が難しかったり、九九などを覚えられなかったり、紙の上で筆算をしようとすると書き文字の乱れ、ケタの間違いなどが見られる場合があると言えます。
推論とは、たとえば文章題を解くといったようなものです。文章題を解くということは、文章を読んだり、図や表、グラフなどを読んだりするなどして、問われていることを理解し、また、それを処理できる数の概念の世界に置き換え、実際に処理するという過程を経て行われることになります。
この領域での学習では、文章自体を理解できない、問われていることがわからないなどにはじまり、処理の過程を示しているものが混ざるなど、さまざまな症状が見られる可能性があります。
ここまで見てきているように、ディスカリキュアが見られる学習領域やその領域で発揮される力を分解してみると、数というものの理解やその利用は、非常に多くの過程を経て行われていることがわかります。
意外に思われるかもしれませんが、数を扱うというのは非常に複雑なものなのです。また、このことは、ディスカリキュアの原因を推測していく上でも有効です。
数として認識できないと、数として扱うことができません。つまり、何らかの問題で数字の見え方などに問題がある可能性が考えられるということです。
足し算や引き算では、繰り上がりや繰り下がりというものがあります。繰り上がりや繰り下がりは、それを記憶して計算するものだととらえるとその記憶ができない、あるいは、計算の途中で行う別の処理に進むと繰り上がりや繰り下がりがあったことを忘れてしまうという記憶面での問題が考えられます。
特に文章題などでは、どのような過程を通して正解を導くかという筋道・見通しを立てる必要が出てきます。この見通しを立てることが難しいという可能性があります。
参考:
文科省ホームページ
算数・数学科において育成を目指す資質・能力の整理
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_3_2.pdf
公益社団法人 日本心理学会 ホームページ
算数障害とはいったい?
https://www.psych.or.jp/wp-content/uploads/2017/10/70-17-20.pdf
NII学術情報ナビゲータ ホームページ
算数障害の概念 -法的定義、学習障害研究、医学的診断基準の視点から-
https://ci.nii.ac.jp/naid/110006785357/
算数障害と算数困難の差異に関する研究 - Rey 複雑図形による視空間認知能力との関連-
https://ci.nii.ac.jp/naid/120002045303
3. もしかしたらディスカリキュア(算数障害)? と思ったら
ディスカリキュアの症状が見られたら、なるべく早期に専門機関での診断を受けることをおすすめします。ディスカリキュアには、これまで見てきたような特徴がありますが、その特徴に合わせた支援に関する知見は、専門機関でないと得られにくいのが実情。やはり、その方に合わせた教育や支援が必要だということです。
子どもか大人かによって、支援の中心となっている専門機関が異なります。以下が主な支援機関となります。
【子どもの場合】
・保健センター
・子育て支援センター
・児童発達支援事業所
・発達障害者支援センター
【大人の場合】
・発達障害者支援センター
・障害者就業・生活支援センター
・相談支援事業所
参考:
東京都福祉保健局 ホームページ
発達障害
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.html
4. ディスカリキュアはどのように診断されるか?
ディスカリキュアを含む学習障害の診断は、先にもご紹介したDSM-5やICD-10による診断基準を用いて行われます。
後天性の障害とを区別するためなどの視点から脳の異常が見られないか、学習障害の基準の一つとして知的障害の有無、そして、どのような点で困難があり、その困難が「読字」「書字」「算数・数学」面のうち、どこに偏りがあるのかを見ていくことになります。
以下は、DSM-5での診断基準のポイントを簡易に表現したものです。
(1) 学習やその能力を使うことに困難があり、その困難を低減・解消する支援が行われても、次の症状のうちの1つ以上が6カ月以上継続している
① 文字を読むことが、遅かったり、時に間違ったりするなどにより、努力が必要
② 読んでいるものの意味を理解することが困難
③ 文字の書き間違えなどが見られる
④ 書いて表現することが困難
⑤ 数字の概念・数値・計算する力を身につけることが困難
⑥ 問題を解くときに数学の概念を用いるのが難しい
(2) 困難のある学習面での能力は、その学齢で求められる状態と比較して極端に低く、学校生活や就労、日常生活を送ることに困難がある
(3) 学習障害は、学齢期に見つかるが、その程度はそれぞれ異なるため、見つかる時期は早い場合もあれば、比較的遅い場合もある
(4) 学習障害は、知的障害、非矯正視力や聴力、他の精神疾患、心理社会的逆境、指導上の言葉の習熟度不足、不適切な教育的指導では、十分説明しきることができないものである
参考:
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、日本精神神経学会、医学書院
5. ディスカリキュア(算数障害)と診断されたら
ディスカリキュアを含む学習障害については、今のところ医学的な方法による根本的な治療法はありません。
その意味で、治療は学習障害のある方の将来の選択肢の幅を広げるためのサポートであると言い換えることができるかもしれません。ただし、その支援が適切であればあるほど、その困難の度合いは、ある程度までは軽減されると考えられます。
数処理や数の概念を学ぶには、具体的なものを使うとわかりやすい場合があると考えられます。たとえば、おはじきのようなもの、マグネットのようなものを使い、数字と数そのものの関係を学ぶというような方法です。
小数などを、具体的なものとして表しにくいものなどの場合、ICT用の学習ソフトを利用することも考えられます。
計算においては、ケタをずらして書いてしまうなどが起こる可能性があります。マス目のついたノートを用いることで、ケタがずれることを防ぐという方法などが考えられます。
文章題においては、絵や図に置き換えることで、何が問われているのかを理解しやすくなるという効果が期待できます。絵や図で示すことが難しい場合、ICT用の学習ソフトなど、問われていることを映像に示せるようなものを利用する方法も考えられるでしょう。
問題をどのように解いていくかを先に示してから、実際に解いていくという方法も考えられます。必要な手順の抜けモレや、問題を解くためにどこまでの工程を踏んだのかといった「確認」がしやすくなるということです。
また、場合によっては、電卓やパソコンなどを使って計算を行うということも検討していくことが考えられます。いずれにしても、必要な支援については学校ともよく相談して行うことが大切です。
さまざまな支援を考える前に、ディスカリキュアに関する正しい理解をすることが大切と言えます。先天性の障害であること、知的能力に問題はないこと、単に算数・数学が苦手というようなことではないこと、がんばっているのにできないのだということなどです。
算数・数学領域で問題があるという点を前提にすれば、さまざまな支援の方法を考えていくこともできるでしょうし、「がんばっているのにできない」という、ディスカリキュアの方の気持ちの理解にもつながると言えるのではないでしょうか。
参考:
厚労省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
学習障害
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html
あいち発達障害者支援センター
学習障害について
https://www.pref.aichi.jp/hsc/asca/disorders/ld.html
国立研究開発法人科学技術振興機構 ホームページ
数概念の獲得が困難な学習障害児における算数学習経過の分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tokkyou/32/5/32_KJ00004951945/_pdf/-char/ja
小学生における算数の作問におけるワーキングメモリの役割
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tokkyou/32/5/32_KJ00004951945/_pdf/-char/ja
最後に
ディスカリキュアは、学習障害に位置づけられるものです。数とは何か? 数の持つ性質、加減乗除などの計算など、算数・数学の基礎的とされることを理解したり利用したりすることが難しい状況にあり、単に苦手というようなものとは質的に異なる困難を伴います。
ディスカリキュアに対する理解が不十分だと「がんばっているのにできない、自分はできない子」という感情が、ご本人にも芽生えやすい面があると考えられます。
根本的な治療方法がない一方で、具体的な支援方法はあるとも考えられています。合理的な配慮という視点からも、学校や社会などの生活の場も、必要な対応をしていくことが大切になると言えるでしょう。
また、ディスカリキュアの症状は、人それぞれという面があります。具体的な支援方法を参考に、状況に合わせた支援を見つけていくということが重要でもあると言えるのではないでしょうか。
なお、この記事に関連するおススメのサイト、及び資料は、下記の通りとなります。参考までご確認ください。
参考:
厚労省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
学習障害
文科省ホームページ
通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について
算数・数学科において育成を目指す資質・能力の整理
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_3_2.pdf
東京都福祉保健局 ホームページ
発達障害
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.html
あいち発達障害者支援センター
学習障害について
https://www.pref.aichi.jp/hsc/asca/disorders/ld.html
公益社団法人 日本心理学会 ホームページ
算数障害とはいったい?
https://www.psych.or.jp/wp-content/uploads/2017/10/70-17-20.pdf
NII学術情報ナビゲータ ホームページ
算数障害の概念 -法的定義、学習障害研究、医学的診断基準の視点から-
https://ci.nii.ac.jp/naid/110006785357/
算数障害と算数困難の差異に関する研究 - Rey 複雑図形による視空間認知能力との関連-
https://ci.nii.ac.jp/naid/120002045303
国立研究開発法人科学技術振興機構 ホームページ
数概念の獲得が困難な学習障害児における算数学習経過の分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tokkyou/32/5/32_KJ00004951945/_pdf/-char/ja
小学生における算数の作問におけるワーキングメモリの役割
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tokkyou/32/5/32_KJ00004951945/_pdf/-char/ja
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、日本精神神経学会、医学書院
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